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一潜に賭ける

今、周囲数kmに渡って全く人の気配がない海原を漂っている。

目線を落とし、意識を海底へと集中する。
目を閉じ、深い呼気と共に脱力するとすぐに、
波の音と自分の呼吸音とで意識は塗りつぶされた。
水面で深く、大きく、息を吸い込み、海底へ向かう。

水深10m、20m、
重力に身を委ね、徐々に増しゆく自由落下に従い、水深30m。
肺は地上の4倍もの水圧でによって潰され、心拍数が急激に落ちていく。
四肢の血管が収縮していき、末端からじわじわと、徐々に自己の輪郭がぼやけていく。
やがて、身も心も海に溶けてしまった。

ゆっくり目を開けると、遠くに一匹の大きなマグロが見えた。
拳ほどある真黒な瞳は、思慮深くも、あるいは無思考にも見えた。
目を逸らし、待つ。数秒が永遠に感じる。
ふと、魚との間にあった緊張が緩んだ。
今!
すかさず、死角から手銛をそっと差し出す。
マグロの骨格やその強靭な筋肉の構造、泳ぐ速度、潮流、太陽… 僕とマグロを取り巻く全てを計算し、
銛を撃ち込む場所を瞬時に見定める。
全身で銛のゴムを引き込む。
背骨の約5cm下めがけ銛を放つと、体全体にドン!と重い衝撃が走った。